「住基ネット」とは無縁だった箕面市長選挙

「子ども・高齢者・緑」、そして「若い世代」の政治的ストレス
シリーズ 05
2009.1.5 西邑 亨

© Nishimura,Tohru



このレポートは、
2008年9月発行の「反住基ネット通信」に掲載したものです。
Web収録にあたり、タイトルを変更ました。



「住民基本台帳から住民票コードを削除せよ」という大阪高裁竹中判決を確定させた箕面市で、2008年8月24日、判決完全実施を問う市長選挙市議選挙が行われ、箕面市民は34歳の元総務省課長補佐を市長に選出しました。3月の最高裁判決以後、「法的には打つ手がなくなった」ともいわれてしまう状況に対して、私たちの運動はどう対応するればよいか……箕面市の選挙と国立市・杉並区の動きの中から探ってみました。

■「住基ネット」なんて どこにも見えない

市長選・市議選が告示された8月17日、午前中から30度を越えた阪急箕面駅前のWendy's箕面店でモーニングコーヒーを飲んで、市役所近くのGust牧落店でランチタイム・シーフードカレーを食べてきました。「住基ネット」なんてどこにも見えません。
 まあ、これは初めからわかっていたこと。市長選3候補(いずれも無所属)のチラシやマニフェストには、「住基ネット」の文字なんてなかったのですから。
 とはいえ、現職・藤沢純一候補(政党・団体の推薦を受けない「市民派」)にとっては「高裁判決完全実施」に向けた市民の合意を確認する選挙という意味を持ち、共産党推薦・小林ひとみ候補も「判決は完全に実施されるべきだ」と話していました。
 これに対して、数か月前まで総務省情報通信政策局総合政策課課長補佐だった「落下傘候補」(自公民と連合、国民新党など推薦)の倉田哲郎さんは、「住基ネット」についての質問にはまったく沈黙したまま。選挙事務所は「倉田候補の見解は文書などでは出していない」と言っています。

■「子どもと高齢者」そして「緑」

では何が選挙戦で叫ばれていたのかといえば、これも全国おなじみの、
 子ども・高齢者:社会保障の充実
 緑:公共事業/都市計画の見直し
です。日本経済全体の長期低迷が続く中で、急速に深刻化する高齢化社会の対策資金を捻出するために、まず「公共事業」を見直して、同時に若年層(労働人口)を呼び寄せるための環境整備を進めるというストーリー。
 箕面市では長期にわたって、競艇の豊富な事業収入をバックとした「身の丈を上回る公共事業投資」が進められてきたのですが、競艇収益が低迷する中、これらの公共施設などの後年度負担・維持経費が市財政を圧迫し始めているといわれています。政見ビラを見る限り各候補の政策目標は、この基本的な認識の範囲を超えてはいないようで、公共事業利権を支持母体とする倉田候補ですら、「新たな開発は終了しつつある」と指摘しています。
 そんな中での「子ども・高齢者」と「緑」は、いわば箕面市の中長期的な地域経営戦略の課題です。そしてそれが、今回の選挙の中心的な論点ということのようです。

■高齢化している各候補の支持者層

農地・山林を所有してきた伝統的な箕面の「先・住民」(伝統的旧世代)の利害は、「公共事業」(大型都市開発など)に強く結びつけられ、市の政治勢力の主流(保守派)を形成しています。
 これに対して、戦後の復興期・高度成長期から続いてきた都市開発・宅地開発によって市外から移住してきた「新・住民」(新住民旧世代)は、開発事業に特別な利害を持ちません。彼らが「社会保障・自然保護(反開発)」を求める「市民派」を形成して、伝統的保守派を地域政治の主流の座から引き下ろしたのが、4年前の市長選挙でした。
 しかし、この2つの地域政治勢力はともに高齢化しています。無所属共産党推薦候補を含めた3候補の選挙告示後第1声の集まりだけを見ると、箕面市は「超高齢化社会」の最先端か?−−という状態でした。
 34歳という「若さ」を掲げる倉田候補の陣営では、若い世代の集会参加は確かに他候補より多く見られましたが、彼らが直接「新新・住民」として倉田候補を担ぎ出したわけではなさそうです。集会に居並んだ数10人の保守系国会議員・府会議員(民主を含む)と地域の旧世代実力者たちが「34歳」の候補を担ぎ、若い世代がこれに巻き込まれていたというのが、おそらく実態です。

■ファミレスとバーガーショップの地域住民

箕面取材に先立って切断自治体国立市の関口博市長にお会いした(後述)ときの雑談で、「地域の若い人たちには『政治参加』のルートが閉ざされてるから、ストレスたまってるね」というお話をしたのですが、箕面の今回の選挙でも同じです。
 若い世代が今回の市長・市議選挙直前に開設した「はじめての選挙」というWebサイトの議論を見ていると、彼らには3候補の政策のどれを選ぶかという選択肢だけが与えられていて、彼らの世代の地域社会構想(たとえば「子育て」)を自分たちで構想するという動きは閉ざされているように見えます。
 子どもを連れた若い夫婦たちが、箕面市役所近くのファミレスでにぎやかに食事を楽しんでいる光景はとてものどかで、とても非政治的なものです。でも、Wendy'sにいたひとりの青年が、市議候補応援のために店の前を通りかかった辻本清美衆院議員を見つけて、思わず立ち上がり「きよみ、あいつ来てるんだ!」と声を上げた姿は、おそらく若い世代の政治的関心とそのストレスを、すなおに表現したものだったはずです。

■「子育てしやすさ日本一をめざす」

このWendy'sとGustの青年たち家族たちは、今回の「子どもと高齢者・緑」の選挙の中心的な「市民」でした。彼らは、「緑」の中で「子どもと高齢者」の暮らしを支えることになる「地域住民」にほかならないのですから。
 そして彼らが選んだのは、とにもかくにも「34歳」が掲げた「子育てしやすさ日本一にする」というキャッチコピーだったのです。
 「現在この箕面市を、大きな停滞感が覆っています。これはなんとしてもぶち破らなければいけない。ぶち破った上で、新しい明るい箕面を築いて行かなければいけない。……日本全国で不信感が渦巻いているこの行政に対して、改めて信頼を取り戻していきたい。」(倉田哲郎さんの立候補第1声から)
 ここには、旧世代による地域政治に対する若年世代からの鋭い批判が込められているのですが、にもかかわらずその旧世代実力者たちに担がれた新市長の倉田さんが、小泉政権のように「抵抗勢力」と鋭く拮抗できるのか、それとも安倍政権のように世代交代失敗の苦渋をなめるのかは、まだわかりません。
 いずれにしても、地域社会の若年層・無党派層からの支持を得られなかった倉田さんの政治力には、大きな限界があるでしょう。

■「公共事業」の質的転換

地域の関心は明らかに、伝統的な「大型開発・箱物公共事業」から「子どもと高齢者」に転換されていました。
 そこでは「緑の破壊:公共事業」の「終了」と並行して、「行政改革」とも呼ばれる新しい構造の「公共事業」−−「IT導入」が開始されているのですが、その「IT導入」は地域における「子どもと高齢者の暮らしを支える」こと、つまり基礎自治体の基本的役割である社会保障や教育と分かちがたく融合されています。しかしそこに存在する「プライバシー問題」としての「住基ネット」は、まったく議論されなかったのです。「少なくとも「プライバシー」は、地域社会の「政治」の課題になり得ていません。

■「IT型」公共事業の暴走

「新しい公共事業」は、戦後復興期・高度成長期の「開発型」公共事業の時(「土建屋」の時代)でも、その後の「箱物」公共事業(公共施設・都市計画)の時代でも、導入当初は地域を活性化させ暮らしを支える行政として歓迎されました。しかしその直後に、それらは利権化され占有されることで、次々と緑を剥ぎ取り、過大な「箱」だけを造り続けるという暴走を始めました。
 「IT型」公共事業はまだ、古い公共事業利権の抵抗の中で世代交代が十分にできていない状況にあるように見えます。おそらく、「IT導入」はこれからが本番なのです。
 たとえば国立市議会が関口市長から提出された「市民アンケート・シンポジウム開催」のための補正予算案を否決したときにも、市議会の意見はとくに「接続しろ」というものにはなっていません。これは、「地域の実力者」たちがまだ「IT利権」と強く結びついていないことを示しているはずです。結果として国が法制度論で「外堀を埋めた」現在でも、市町村の「自治・自律」は機能しています。
 しかしそれは、急速に利権化され、暴走を始めるはずです。

■「住基ネット」のゆくえ

関口国立市長がいまもっとも心配していることは、「社会保障カード」が実施されて「住基ネット」から情報を取ることになれば、「住民サービスが停滞することになるので、住基ネットを接続せざるをえなくなるだろう」という問題でした。だから「おそらくむこう側とすれば、社会保障カード導入まで(切断自治体を)放っておくのがいちばんいいと考えているのではないか」(関口さん)

■「便利」の追求か「豊かさ」の吟味か?

インタビューで関口さんは、次のような指摘もしていました。
 「何でも便利、何でも簡単という社会をめざすなら、もう絶対『IT化』しかないです。
 『便利』でIT化を進めるのなら、それはどんどん進んで行く。その代わり自分の情報は裸になる。最後はおそらく、『個人』が消滅した管理社会になる。
 そうじゃなくて、個人が、ひとりひとりが、だいじにされる社会を創ろう、そのために『IT』はここまで限定して使おう……ほかの国が『こんなにすばらしいよ』と言っていても、『そんなのはたいしたことないよ、こっちの方がほんとは豊かなんだ』という社会をイメージしてそちらに向かうのかどうかですね」
 「IT型」に限らず、公共事業を暴走させないためには「豊かさ」の吟味が必要だと関口さんは言うのですが、今回の箕面の選挙を見る限り、そうした吟味を市民に意識的に訴えた候補者はいなかったようです。

■「政策提言機構」と「第三者機関」

2008年7月8日に示された最高裁の判断によって、「段階的参加方式(横浜方式)」採用の道を閉ざされたと言われる東京・杉並区は、8月1日、「住基ネットへの参加準備」を始めるとして、3項目の「参加にあたっての対策」を発表しました。
 1 健全なIT社会実現に向けた自治体の研究提言機構の創設
 2 区における運用を監視する第3者機関の設置
 3 緊急時対応策の構築
 山田宏杉並区長はこの発表に添えて、「利用の選択権があってこそIT社会は健全なものになる」という「信念」は変わらない。「これからは法の改正を求め」、「法の範囲内でできうる方策を追求」すると、区のホームページで語っています。
 接続予定は2009年1月。それまでに2と3の対策を実施するとのこと。「第3者機関」が国際的な水準と同程度の強い権限と自立性を持つことができるかどうかは、まだ明言されていないようです。また、1の「自治体の研究提言機構」については、全国の自治体に参加を呼びかけたいとしています。
 担当課長の話によれば、「(司法判断によって)住基法の規定では参加せざるを得なくなった。だから立法で改正してもらうほかない」というのが、杉並区の基本的な認識だそうです。

箕面市では、「子育てしやすさ日本一」をめざす「IT型」公共事業の暴走(管理社会への道)が始まるでしょう。それは「住基ネット」というより、「子どもと高齢者・緑」の「行政」の、あらゆる分野で起きるはずです。
 もしも、そのような社会の流れ避けられないのなら、おそらく関口さんの指摘した「豊かさ」の吟味は必須です。同時に、山田さんが採用した、現実の「公共事業の暴走」に歯止めをかける「法の改正」や「第3者機関」などの追求の努力も必要だと思います。
 そして私たちが箕面の選挙で経験したことは、これからの地域社会を方向付けるのは、伝統的な地域の実力者ではなくて、いままで「政治参加のルート」を持たなかった「若い世代」かもしれないということでした。
 反住基ネット運動はどこへ進んでいけばいいのだろうか?